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美恋魂と閃光スクランブル

「美しい恋にするよ」DVDを見て感想を書いた直後にそのまま「閃光スクランブル」を読んだ。
この2つを同じ日に見て読むことになったのは、単に積ん読しておいたものを気になる順に見ていっただけでまったくの偶然だけれど、蓋を開けてみればもろに同時期であり、リンクした作品だった。


何より驚いたのは先ほどの美恋魂の感想で書いた「この光景を見たらアイドルはやめられない」という内容が閃光スクランブルにそのまま出てきたこと。
私がこう書いたのは、私自身が思ったというよりはシゲがどこかでそんなことを言っていたのを覚えていてそう書いたんだと思うんだけれども、それにしても全く同じことが書いてあるんだもん。
さらに、調べてみるとNEWSの復活コンサートをしてからコンサートの描写を書き直そうと思っていたけど書き直す必要はなかったという発言をしていたそうだ。
それってつまりあの時期が執筆時期だったということでもあるし、あの日シゲが見ていた景色がそのまま閃光スクランブルに描かれているっていうことに他ならない。
その景色を、シゲは何年か前の記憶をたどって書いて、そのあと実際に見て、記憶と変わらず輝いていたってことなのか。

この作品では芸能界のあまり綺麗ではない部分がいくつも描かれているので、例えばファンは金づるだみたいな描写があったっておかしくないのに、コンサートの景色やファンとの関係については100%の純度で美しいものとして描かれている。
それはシゲがファンとの関係をそれだけ信頼しているということなんだろうな。
この小説を書いたのがもし女性アイドルだったら、コンサートとかファンに対する描写をこんなにきれいにしただろうか?


それ以外にもお前の魅力って何だ?は、シゲが事務所の人に言われた言葉であったり、引き立て役云々のくだりだったり、シゲの言ってることや思っていることと亜希子がピタッとはまるようなところがピンクとグレーと比べても多く思えた。
これはピンクとグレーを読んだ時に比べて私のシゲに対する知識が増えたってだけのせいではなさそう。

 

文章はピンクとグレーに比べると変に難しい言葉も少なくて読みやすく、「エンタメ小説」という部分を明確に意識したんだろうなと思う。
作品ごとにスタイルを変えられるというところで、作家として成立しているすごさ。
そして前作で象徴的に使われた「色」がここでも重要な役割を果たすんだなあ、と。
何か写真の現像の件以外でも伏線があったかな?と探したくなる。
あと「東京は夜の7時」はタイムリーだった(もう1ヶ月くらい前ですが、リオパラのセレモニーで)
ツイッターのアカウント作ってみたのかなとか、エゴサーチしてるんだろうなとか。
アンチスレに書いてあることを参考にするとか、実際にやっていると言っているようなものだと思うんだけどそんなこと言っちゃっていいのかなあ、とか。
マネージャーってこんなこともやるのか、大変だなとか(知らんけど)
アクションとかカーチェイスは映像化も意識してるのかなあ、とか(個人的にはあまりそういう描写に興味はないが
柊と榎の次は椿かな、とか。

 

加藤先生の小説、あとはBurnで単行本はコンプリートで、追いつけるかなって思っています。